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PC環境

この年末に,PC環境がまたしても整備されました.
といっても,自分で行ったことなのですが,,,ひとつは,ディスプレイが2つになりました.これは,大学での作業環境が2ディスプレイになったこともあり,その便利さは知ってたんですが,作業環境の統一ということと,仕事の効率化をはかるために,もう一個ディスプレイを購入しました.

テレビが20インチでそれより大きいというのは,いまいち問題な気がしますが・・・.

そして,ついにBDドライブも導入しました.いまや,1枚200円台まで値下がりしてきたBDを考えると,そろそろDVDから移行時期なのかと思うことと,最近はBDで販売されるものも出てきたので,決断しました.

さて,あとは,OSをいつXPからWindows7へ移行するかが鍵となる気がします...

連続研修会より

先日の連続研修会のテーマは「ヤスクニ」でした.
私としては,正直,この問題に関してはマスメディアによる報道ぐらいしかベースの知識がないので,なかなか難しいことなのですが,その中で,神道についての話がありました.

先日,祖母の友人の書画屋さんから島地黙雷さんという方の掛け軸を買ってきたんですが,(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B3%B6%E5%9C%B0%E9%BB%99%E9%9B%B7
この方がおっしゃった言葉として,神道非宗教論というものがあるそうです.そもそも,島地黙雷さんは浄土真宗としては,かなり有名人らしく,日本史の教科書にも出てこられる方らしいのですが,ついこの間まで,その名前さえ知らなかった私としては,論じることはできないのですが・・・.

ちょっと前から疑問だったことに,ひとつの答えが見えた気がしました.
というのは,宗教とは!?といったときに人間の救済というものが重要となるとおもうんですが,仏教と神道を両方共宗教とすると,なんか理が通らないと思っていたんです.

仏教のベースには,私たちの悩みに対する根本解決というのがあるとおもうのです.それに対して,神道は直感的というか表層の解決という意味で,根底にあるスタンスが違う.

このとき,どっちも宗教として話を組み立ててると,いまいち理が通らないなーというのが私の感想でして,その理由として三大宗教のひとつである仏教と民俗信仰である神道というのは,言葉の定義として一括りにするのは難しいのではと思っていたのです.

そもそも,この神道非宗教論の中身は全くわかっていないのでもしかしたら,的はずれなのかもしれませんが,過去にこういった観点が存在していたんだと,学びになったとともに,今後また調べていこうという思いが持て,とても有意義な連続研修会でした.

連続研修会

本日は,神奈川組連続研修会にいってきました.
急遽,書記で登板することになったのですが,PCを持っていってなかったので,手書きで・・・・.

そういえば,最近ペンを握ってなかったことに気づきました.
まず,書くスピードがおいつかない...
なれるまでに2~3分.

そして,漢字が出てこない..
荘厳(ショウゴン)をドわすれしたことには驚きでした...

便利になる世にあって,それを最も享受している身としては身につまされる思いです.

仏教婦人会

 今日は,2ヶ月に一度の婦人会でした.
 その婦人会の企画として,書いて味わう正信偈を利用し,8句ずつみんなで書いてきました.

 始めた頃は,全部で120句ありますので,15回.2年以上かかるので当分先のことだなーと思っていたのですが,今回で12回目となりました.月日の経つことの早さを実感するとともに,ここまでやり続けられたことのありがたを感じます.

 あとは,ここから何を味わうのか.一般的に言う写経とは意味合いが違いますので,そこについて,ともに考えさせていただけたらと思っています.

Google IME

Windowsには,もともとMS-IMEが搭載されています.
これが,日本語入力システムなので,それによって日本語を入力していきます.そこで,重要なのは,辞書と文節変換です.どれだけたくさんの語彙を持っているかということと,いっぺんに文字を打ったときにどれだけきちんと文節を読んで変換してくれるかということです.

従来より,MS-IMEは性能が悪く,ATOKがよいということで定評がありました.しかし,ここに来て,世界のGoogleさんより,Google-IMEが発表されました.
http://www.google.com/intl/ja/ime/
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20091203_google_japanese_input/

ここで,すごいところはWEB上から大量の文書データを利用してとてつもない量の語彙を持っているということろです.この機能は,私の研究分野とも関係があり,とても興味があるところです!
実際,どれくらいすごいかというと,

らるく → ラルク・アン・シエル
にんげんば → 人間万事塞翁が馬
おやじに → 親父にもぶたれたことないのに

http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1345757.html

等々・・・.
ここで,気になるのは,仏教&浄土真宗用語がどの程度でてくるのかということ!

しんらん → 親鸞聖人
たりき → 他力本願
おうじょうじょ → 往生浄土
あくにん → 悪人正機
しんじんしょ → 信心正因
あした → 朝には紅顔ありて
はっこつ → 白骨の御文章
れんにょ → 蓮如上人
おおたにほ → 大谷本廟
おおたにこうし → 大谷光真
つきじべ → 築地別院
にしほ → 西本願寺
たんにし → 歎異抄
じゅうはちが → 十八願
しじゅうはち → 四十八願
ほうおん → 報恩講
ごうたん → 降誕会
しょうしんげ → 正信偈
しょうしんげ → 正信偈和讃
ろくじらい → 六時礼讃
おうじょうらい → 往生礼讃
さんぶつ → 讃仏偈
じゅうせいげ → 重誓偈
きみょうむ → 帰命無量寿如来
きみょうじ → 帰命尽十方無碍光如来

思いついたところを変換してみましたが,意外と出てきます.
しかし,ナモアミダブツやナモフカシギコウニョライが出てきません.
たぶん,南無がナモと読む辞書が登録されてないようです・・・.

どうやって,読みを取得しているのかという議論がなされていましたが,なかなか,難しいようです・・・.
http://www.higuchi.com/item/534

報恩講

今日は,神奈川組の最願寺さんで報恩講がありました.
報恩講とは,親鸞聖人の御命日にお勤めされる行事です.

長延寺でも,先月の28日にお勤めがありました.
お互いに,それぞれのお寺さんにお勤めして助け合うということが昔から続いておりまして,今日が最後のお寺さんでした.

終わった後は,ご門徒さんと一緒にお斎があります.
昔は,どこのお寺でもあったのですが,いまは最願寺さんぐらいとなってしまいました...

時代の流れと思うととともになんだか寂しくもあります.

葬儀のイマ

 通夜・葬儀は難しい.
 なにが難しいかといえば,それは,準備のしづらさがあげられると思う.
 そのような,観点で事前にご相談をいただけたらということをお伝えしてきたのだが,ここにきて,この準備をすることに対する問題があることに気づいた.

 それは,事前準備をされる方が数社に見積りを取り,選択する方が増えてきたことによる.ただ,この見積りが問題である...
 そもそも,見積りとは何なのか.最も安いものを選ぶことなのかといえば,必ずしもそれが正しいとは言えないと思う.バランスを見て,安かろう悪かろうということも当然あるわけで,そこまで見るために見積りには詳細項目があるわけで,それが必要ないならば額面だけでいいはずである.

 さて,ここで問題なのは,通夜葬儀において,安かろう悪かろうとなるときには何が削られているのかということである.実はここが中々みえてこない.私自身も最近になってやっと,感じることができた次第である.

 それは,“人”である.昨今,寺院も含めてだが,“人”が価値を生む市場というものが,減りつつあるように思う.何故かと言えば,昔なら日常の食料品においても,それぞれの専門店へおもむき,今日はどういった品がよいだとかいう議論を通して商品を購入していた.ここには,その店の店主の人柄というものが,少なからず店の評価に通じていたのである.もちろん,現代においてもスーパーやコンビニでも社員教育というものはなされているが,それは一定のマニュアルに従ったものであり,個々の人柄が重要視されることは少ないのではないだろうか.

 ここで,通夜葬儀について話を戻すと,安い葬儀社ほど,人件費も安いことは自明であると考える.では,そういった業者では,人材育成に割く費用の捻出も難しいと思う上に,当然離職率も高くなる.こうなってくると,“人”の質が保たれなくなるのである.

 そして,その姿が最も現れるのが,通夜葬儀の当日である.人をきちんと誘導できない.司会が棒読みかつ下手などなど.それは,状況によって違うが,お勤めをしていると,なんか寂しいなと思えてくるのである.これは,お参りの人が多いからとか少ないからということではない.厳粛に執り行われるべき法要において,なぜだかそういう空気を纏えない人が混ざっているということである.

 長々と,とりとめなく記述してみたが,まとめとしては,通夜葬儀において事前の準備も大切であるが,その際には,きちんと内容や人を見て,安ければよしという現代における風潮に流されないことであるとおもう.

続・四十九日

 前回,コラムで初七日から四十九日までは,7回の法要があると書かせていただきました.では,この7回はなんなのか!?と申しますと,一般的には仏様になる道中なのですが,浄土真宗では亡くなるとすぐに仏様となるというみ教えです.

 では,この7回はと申しますと,阿弥陀様へ感謝するお参りなのですが,そうはいってもピンとこないかもしれません.
 ここからは,私の思い出はありますが,命のつながりを味わうという意義があるのではと思っております.といいますのも,最近では死=終わりという概念が跋扈しておりますが,私たちひとりひとりが,そう簡単に線が引けるものではありません.

 そんななかで,これからはお浄土から見守ってるよという阿弥陀様のみ教えを頂き,故人様からのはたらきかけをお浄土から受け取り,対話をしていく.その第一歩として,毎週おつとめをすることだと思っております.

 いのちのつながりというものが,なかなか見えてこない現代社会において,形式ばかりを追うのではなく,その中身を知ることも有意義なことかも知れません.

神奈川組七五〇回大遠忌法要 実行委員会

今日は,会場となる川崎市教育文化会館で会議でした.
総代さんにも参加していただき,今後の方針をみなで話し合いました.

この会議では,庶務を仰せつかっているのですが....
めちゃくちゃ大変です.会議中に議事録の作成と資料の修正.
そして,必要な情報のネット検索・・・.

ひとりでPCをたたきながら悪戦苦闘しておりました.

報恩講 & 起工式

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 本日は、報恩講と起工式が勤まりました。おかげさまで、多くの方におまいりをいただきました。
 と、いいますのも。。。報恩講におまいりが少なく、他のお寺さんの半分以下だったもので。そういう意味では、普段より10人増しでよい結果でした!!

 そして、起工式とは、仏式の地鎮祭なのですが、報恩講に来ていただいている他のお寺のご住職さんに参加していただき、無事、勤められました。
 個人的には、豪華な起工式になったと満足しています。

 ちなみに、上棟式では屋根の上から、五円玉やお餅をまくという儀式があるらしく、ただ撒いてみたいという思いから是非やりたいなと思っています。

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