帰門・無可有・無縁の碑によせて

1992年10月に帰門・無可有・無縁の碑が設置されました。その際に、安田侃先生より頂きましたお言葉です。

帰門・無可有・無縁の碑によせて

1989年の秋、長延寺の雲居住職から「山門を建てたい。ただ盲目的に伝統的な様式にこだわる事でなく、その思想を残し、現代の発想で、そして誇りを持って未来に引き継ぐべく新たなる“形”を考えて欲しい」とのご希望がピエトラサンタ(イタリー)のアトリエへ届きました。難問であった。

確かに、今まで北海道の閉山した美唄炭坑跡に、その犠牲者になられた方々の鎮魂の為に(炭山(やま)の碑)を、洞爺湖湖畔の結核療養所で亡くなられた方々の慰霊碑(回生(かいせい))を、有珠山の噴火で埋もれてしまった子供達の魂を安らげる為に(意心帰(いしんき))と作品を創造しながら、人間の死を見つめて、生きる事の尊さを実感してまいりました。が、お寺の山門となると、過去の人々の為のみでなく、今現在の、そして未来の人々の為にも、存在しなければならない。

そこで、山門の由来を調べ、如何に表現できるかを模索致しました。禅宗寺院に於ける山門は三門とも書き、「空・無相・無願の三門脱門」を象徴すると言われる。しかし、日本の近代化とも言われる浄土真宗にあっては、禅宗の自力門としてではなく、他力門として捉えなければならない。そこで、人々が長延寺の境内に来る度に、他力信心のプレリュードとして、現代生活の喧騒の中で失いがちな「己に帰る」ことを念じつつ。この山門、「帰門(きもん)」を制作致しました。そして、その対壁には「無可有(むかう)」を設置することにより、“不二”を表現いたしました。特に、この彫刻を二つに分け、その間に作られた「白い壁」にお出で下さった皆様の思いを、何なりとぶつけて頂きたいと考えました。又、住職の「無縁佛の命を今ここに」との慈愛に満ちたご依頼により、深く埋もれていた真白い大理石の持つエネルギーを借る事で、彫刻を作ることが出来ました。最も素朴な形の中に、誠の存在感を感じて頂ければ幸と存じます。

これら三点の彫刻と、人間味豊かな住職と、熱心なご門徒の皆様により、長延寺の素晴らしい存在が、多くの人々の心の安らぎとならん事を念じつつ....

深い感謝と共に  安田侃

October 25,92


帰門

長延寺の山門です。山号(命帰山)もこの門より取られました。ちなみに、命帰山はミョウキザンと読みます。


無可有

ムカウと読みます。


無縁の碑


新生


生誕


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